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先週の土曜日に観た『勧進帳』は、それまでにみた数回ほどの舞台と はいささか様子が違っていたような気がする。 仁左衛門が歌舞伎座で弁慶を演じるのは、21年振りのこと。勘三郎や 玉三郎も頻繁に演じているわけではない。そういう意味では團十郎や 吉右衛門、幸四郎のように弁慶の回数をこなしている役者とは違って 見えた。観る側にしてみても“新鮮さ”のようなものを期待していた わけである。 ただ残念ながら、そうした期待ははずれ、噛み合わないままの舞台に 終始してしまったのだ。 玉三郎の義経が、最初から何かそぐわない印象をもってしまい、台詞 まわしの生硬な平坦さへの違和感のようなものを拭い去ることができ ずじまいだった。それは玉三郎の義経観の表出のようなものだと思う のだが、存在が宙に浮いてしまい、それを捉えることができなかった 気がしたのだ。 富樫は、オペラの声域で言うならバリトンあるいはハイバリトンとい う声質で演じられるのだと思うが、勘三郎の声域はテナーのように聴 こえてしまう。それと少しばかり聴き辛い口跡と相俟って、富樫の人 となりが浮き上がってこなかった。 仁左衛門の弁慶は彼らしく端正かつ丁寧に演じていたのだが、富樫と の問答のリズムが勘三郎とは合わず、そのあたりは25日間興行の最終 日でも改善されていなかったようである。 というわけで、いかに『勧進帳』が重い演目であるのかということを 改めて確認させられた舞台だった。1000回演じるとか、そういうこと ではないが、3人とももう少し回数をこなしていればどうなったかと という気がしたのである。文句ばかりになってしまったが、観なくて よかったというわけでないことはもちろんのこと。 なお『勧進帳』の終演後にロビーをうろついていたら、父親の後を歩 いている歌舞伎界のまーくんこと片岡千之助を発見。相変わらずの物 怖じしない笑顔を振りまいていたのだった。 《歌舞伎のトピックス一覧》 |
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