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[承前] 今回の彼らの『冬の旅』を聴いていて、いくつかのキーワードが浮か び上がってきた。そのひとつが“同行二人”である。西国巡礼者は、 一人旅のお遍路であっても弘法大師が常に同行しているという。 プレガルディエンという語り部によって歌われる旅人に寄り添うのは ギースが奏でる、なかば擬人化されたピアノの音の世界なのである。 ということを思いながら次の瞬間“実は彼は既に死者ではないのか” と、そんなことを感じたのだった。あらぬ方向に妄想は飛躍していく のだが、この時は“あの言葉”を口にした瞬間に果ててしまったファ ウストを彼に、ピアノの音楽は死の世界まで同道していざなっていく メフィストフェレスにも似てはいないだろうか、などとも思ってしま ったのだ。 そしてさらに……プレガルディエンの語り口の中に『タンホイザー』 の“ローマ語り”のようなトーンが聴こえてきてしまった。彼がワー グナーを歌うとは思えないが、もし“ローマ語り”だけでもいいから 歌ったらどうだろうかなどとも考えていた。 ・・・いささか想像が飛躍し過ぎてしまうのは悪い癖である。ところ でこのところとりわけしみじみ聴き入ってしまう一曲が23曲目の…… 幻の太陽 ……なのだ。はかない希望も空元気もすべては通り一遍の通過儀礼に 過ぎず、その果てに見る地平線の太陽3つ……。見回せど村はずれに 辻音楽師などいやしない。 ところで所沢は遠い。我が家からは北上すればほんの20kmほどなのに 三多摩地区の南北交通網の不便さのゆえ、一度新宿に出てさらに西武 新宿線の急行に40分揺られて、やっとホールにたどり着くのである。 《クラシックのトピックス一覧》 |
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