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zoom RSS 懐話§昭和五十年代〜球団史上初の最下位〜

<<   作成日時 : 2018/02/13 00:01   >>

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[承前]

1974年、巨人はV10を達成できず、同時に長嶋茂雄が現役を引退した
ので、彼の選手としてのキャリアは昭和三十年代から四十年代にかけ
てのことだった。

引退した翌年1975年には監督に就任。キャッチフレーズとして掲げた
のが、いかにも口当たりのいい“クリーンベースボール”というもの
だったが、あまりにも本能的、感覚的ともいえる野球人生を送ってき
た長嶋に、複雑に組み合わさった野球を戦略的に云々する技量が備わ
っていたとは思われず、開幕6試合目には早々と最下位に転落、その
ままま全チームに負け越ししてシーズンを終えたのである。

その頃のエピソードとしては、走者を置いての代打を主審に告げる時
に、バントのポーズをしながら「代打〇△!」と……当然ながら相手
チームはバントシフトの猛ダッシュでアウト。

正直が一番というのは一般社会の常識だが、時にはトリッキーさが必
要な野球というゲームにおいては、あまりにもお人好しで考えなしと
いうレッテルを貼られてしまった。

その後、1976年、77年と2年連続セリーグ優勝を果たしたものの、日
本シリーズではこれも2年連続して阪急に敗れてしまったのだ。

そして1978年のシーズンオフにはドラフト会議直前の“空白の一日”
というルール違反の暴挙を犯して、ごり押しの結果として最終的には
江川卓を獲得することになるが、この一連の騒動について調べても、
長嶋が何をどう考えていたのかが表に出てきていないことが不可解と
いえば不可解な話である……まあ、あのような人だから、空白の一日
のようなトリックプレーは理解できなかったのかもしれないが。
                            [続く]

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