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zoom RSS 懐話§昭和四十年代〜ボウリング〜

<<   作成日時 : 2018/06/05 00:01   >>

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[承前]

ボウリングが隆盛を極めたのは昭和40年代のことで、民放各社はこぞ
ってボウリング番組を制作し、ゴールデンタイムに放送されることも
あった。

男性プロボウラーだったら矢島純一や西城正明、女性では中山律子や
須田開代子といった面々がテレビ画面を独占していたこともある。

その流行は人口13万ほどの我が町にも押し寄せてきて、2つのボウリ
ング場が大繁盛していた時期もあったのだ。

しかも、そのうちの1軒が通っていた高校のすぐ近くにあった。時間
帯によっては高校生の小遣いでも3ゲームくらいできたのはありがた
かった。

それをいいことに、学校の中間テストや期末テストが午前中に終わっ
ての放課後は、学年を問わず生徒の多くがボウリング場に繰り出して
2フロアあるレーンは、我が高校の生徒で独占された……そんな時代
だったのである。

ボウリングのパーフェクト点数は300で、とりあえずの目標は200点を
超えることだったが、残念だったことに一番マメに通った高校生の頃
でも200点越えは達成できず、生涯ハイスコアは183点に留まることに
なってしまった……最終10フレームの2投目でスペアを取ることがで
きれば達成できたのにと、悔やまれてならない。

そんなボウリング・ブームだったが潮が引くのも早かった。1973年、
東京に出てきた年に起きたオイルショックの嵐の中でブームは終焉を
迎えることになってしまったのである。

                            [続く]

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