音話§ドビュッシーはお好きですか? はい

『牧神の午後への前奏曲』を聴くと、体が溶けていくような
錯覚に陥る。夏の高層湿原を流れる小川、川縁に沿って拠水
林が伸びている。少しばかり湿り気を帯びた空気の中に身を
置くと、この曲が頭の中を流れていく。

フルートの下降音型とハープのグリッサンドが上昇して、ホ
ルンが眠りを誘う……。眼前には牧神も水の精も存在しない。
滔々とした時間の中に放り込まれて、近視眼の視界には色の
境界が曖昧になった夏の風景が広がっているだけである。

途切れ途切れにサンバル・アンティクァがピリオドを告げる。
ほっとして立ち上がり、水苔でできた柔らかな泥炭層をふわ
りふわりと裸足で歩いて帰るのだ。

『シュリンクス』は正しくは“シランクス”と発音するのだ
が、牧神が吹く葦笛のことである。もうずっと昔に、この曲
を吹きたいがためにフルートを買い楽譜を買った。フラット
記号が5つあろうが関係ない。50小節に満たないこの小品を
どうやら吹けるようになるまでに半年近くかかったように思
う。四分の三拍子で小節線もある、ノーマルな記譜であるが、
より演奏者の自由に委ねられているように思われ、人に聴か
せるわけではないのをいいことに、興にまかせて自分勝手な
イメージで吹いていた。

『牧神』と『シュリンクス』はどこか縁戚関係のような曲だ
とずうっと思い続けて今に至っている。

★ひだまりのお話★

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