芸話§芸術が“芸術”として成熟するには…3

あくまでも自分が実際に体験した範囲の個人的な印象として
近年“世界的”とか“芸術家”に近づいたと思われる日本人
について考えてみた。

メゾソプラノの白井光子と同じくメゾソプラノの藤村実穂子
それからピアノの内田光子といった3人の女性演奏家である。

白井光子を最初に聴いたのは20年以上前、ガラガラの日生劇
場であったが、ドイツリートの表現者として稀な存在である
と驚いた。その後も何度か聴く機会があったが、濃密な世界
は、特に後期ロマン派のヴォルフやあるいはアルバン・ベル
クのような作曲家の作品が適しているように感じた。

藤村実穂子は新国立劇場の指環のフリッカなどでの、これま
た日本人離れした表現で、ようやく“ワーグナー歌手”と呼
べる日本人が誕生したと喜んだのだった。それからの活躍は
周知のとおりで、今年はバイロイトの『トリスタンとイゾル
デ』で、一回だけだったが代役としてブランゲーネを歌った
りもしている。彼女を聴いたのはフリッカ、ブランゲーネ、
フィガロのマルチェリーナといった役どころで数回聴いた。
どれも満足できる水準以上のもので、既にして欧米のハウス
の主要メンバーとして確固たる地位を築き上げてしまった。

内田光子を日本人と呼んでしまっていいのかと思う。それほ
ど彼女は欧米の人ではないかと思うのである。忘れられない
のはカザルスホールのこけら落とし公演の一環でのコンサー
トで、ECO(イギリス室内管弦楽団)の管楽メンバーと行っ
たものである。オーボエのニール・ブラック、クラリネット
のシーア・キングといった腕っこきのメンバーと共に演奏さ
れたモーツァルトの管楽五重奏曲のすばらしさ。そしてその
少し前に聴いたジェフリー・テイト指揮ECOとのモーツァ
ルトのピアノ協奏曲のチャーミングだったこと。

最近ではテノールのイアン・ボストリッジと演奏したシュー
ベルトの『水車屋の娘』と『冬の旅』のコンサートが記憶に
残っている。これはもう“伴奏”という領域を超えて歌手と
ピアノが時には対峙し、時にはまったく別の方向を進んでみ
たりしてシューベルトの世界を描き尽くしたように感じた。

彼女たちに共通しているのは、日本を離れて外に本拠地を構
え、欧米のコンサートスケジュールをこなし続けているとい
うことである。もちろん知らないところでそうしたラインを
歩んでいる日本人は少なからず存在しているとは思うが、そ
れにしてもここまでの演奏家は多くはない。

★ひだまりのお話★

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