踊話§シルヴィ・ギエム『ボレロ』の舞い納め

ギエムが『ボレロ』の舞い納めというので上野に観に行って
きた。

彼女がバレエ学校の生徒の時の来日公演には行かなかったが
事実上の初来日となった1985年以来、かなりの回数を観させ
てもらった。同時代にかくも素晴らしいダンサーがいて20年
見守れたことの幸せを感じる公演だった。

幕開けの『テーマとヴァリエーション』はバランシーンの機
械的な振り付けのつまらない部分が出た作品で退屈だった。
チャイコフスキーとしては締まりのない音楽が原因だと思う。
それから、あれは新しいダンス用の床なのだろうか、見た目
かなり白っぽく感じられ、最初の演目では衣装と照明とのバ
ランスでかなりまぶしかった。

すごかったのは2つめの『PUSH』というマリファントと
いう振付家の作品。パートナーはスカラ座のマッシモ・ムッ
ル。ほとんどスローモーション状態の動きが延々と持続し、
しなやかなフォルムが展開される。久々にモダンの作品で感
動を覚えた。それにしてもあの音楽で、どうやって30分もの
“振付”を覚えることができるのだろう。ギエムというダン
サーとして最高の肉体を持った者のみが成し遂げられる世界
である。

3つ目が『春の祭典』でベジャール1959年の作品であるが、
何度観ても飽きない。身勝手で贅沢なわがままを承知で書く
のだが、最近の“ハルサイ”がスマートになりすぎてしまっ
ていないかと感じる。オーケストラの実演でも、最近はまっ
たく危なげがなくなって、凸凹感とか軋みみたいなのがない
演奏を聴くと何やらがっかりしてしまう。東京バレエ団のパ
フォーマンスも似たような安心感があることにも気がついた
りもする。たまには別の団体が“必死”に踊る舞台を観たく
なったりする。……オケの実演もそう。

そしてギエム舞い納めの『ボレロ』が最後に。ああ、本当に
すごい。どの動きを切り取っても完成された映像として成立
するのだ。そしてギエムは、およそ考えられる限り、ベジャ
ールが要求した動きをほぼ完璧に再現しているのだろう。も
ちろんハルサイで感じたのと同様な“安心感”を感じないで
もないのだが、彼女のタフでしなやかな動きは人間の限界を
軽々と超越してしまった清々しさのようなものを感じさせ、
また何か新しい作品を観ているような思いにも捉われたりし
たのである。

ところで、最近は周囲の男性陣が全員上半身裸で踊っている
のだが、数年前までの様々なトップ……Tシャツだったり
前をはだけたシャツだったり、首にスカーフ巻いただけとか
……でのダンスが好きだったのだが、よりシンプル化させた
ということだろうが、個人的には前のほうが好きである。

★ひだまりのお話★

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