山話§いつでも富士山を想うこと

急速に発達した低気圧が、けっこうな雨を風をもたらした。
徐々に晴れていく空の下、丹沢がはっきり見え、その背後に
まぶしいばかりの新雪の富士山が姿を現していた。

春の彼岸の入りを明日に控えての新雪の白は鮮やかである。

少しでも富士山が視界に存在する場所で生活する者にとって
富士山の存在は決して無視することができないのだと思う。
だから、そういう人達はどこかにでかけても絶えず富士山の
位置を気にかけたりすることになる。たぶんに本能的にでは
あるが、自分が今いる位置から富士山の方向を想像し、実際
に富士山を見出して、それが一致したりすると妙な安心感を
抱くような気がする。

指揮者のI氏が、日本に戻る飛行機に乗って日本に近づく時
頭の中で鳴りだすのが“頭を雲の上に出し”とか“我は海の
子白波の”とかいった小学唱歌だ、ということを彼のエッセ
ーで読んだが、それとまったく同じことが我が身にも起きた
ことはある。

もう10年も前の帰着便で、新潟上空から本土に入ってほどな
く、右の窓のはるかかなたにぽっちりと頭を出した富士山を
見つけたのだった。そのとたん“頭を雲の上に出し”がエン
ドレスに頭を駆け巡り、日本に戻ってきたことを強烈に実感
したのだった。

★ひだまりのお話★

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