劇話§PARCO歌舞伎『決闘!高田馬場』(上)

ほとんどループしているとしか思えない議論として“歌舞伎
とは何か?”とか“『○△□』は歌舞伎か?”などなどがあ
るが、自分自身の中で結論めいたものが出た。

歌舞伎は何か?と問われても「わからない」のである。これ
に関しては自分の中でピリオドを打つことにする。

さて“オケピ”軍団を舞台奥に配置しての三谷幸喜の脚本&
演出によるパルコ歌舞伎『決闘!高田馬場』である。

休憩なしの2時間の密度の濃さは相当なものである。三谷が
プログラムに書いていたが、歌舞伎役者の“タフ”であるこ
とは驚嘆すべきものがある。それから、時代劇としての形が
できているから、着物はくずれない立ち居振る舞いは言うま
でもない。……舞台上が予定調和であるのだ。それをベース
にしてスピーディな“喜劇”が展開される。どれだけ走り回
っても台詞の息が切れることもない。

歌舞伎役者を“伝統”の中に封じ込めてはいけない!としみ
じみ思った。今の時代に、彼らを使ってできる芝居を作らな
くてはいけないのだ。たとえそれが“瞬のもの”であるにし
ても、彼らも“新作”を望んでいるのだ。玉石混交、有象無
象の中から、後世一つ二つが稀に再演されるとしたら僥倖で
ある。

才気溢れる演出家や脚本家、そして舞台芸術家が、彼ら歌舞
伎役者の能力を存分に引き出すことを望んでいる。

最近読んだ皆川博子の『花闇』は壊疽のためヘボンによって
脚を切られた田之助を巡る優れた小説である。その中で田之
助が、狂言作者に向かってしばしば「ねえねえ先生、新作を
書いてくださいよぅ、ねえねえ」と依頼する描写がある。今
も昔も役者をどう生かすか、役者は役者でどう自分を光らせ
るか、そんなことばかり常に考えているのである。

★ひだまりのお話★

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