舞話§パリ・オペラ座バレエ『白鳥の湖』……2

気絶しそうなヌレエフの振付け演出について書く。

しかしよくもまあ、あんな舞台演出的には失敗としか思えな
い舞台を10年以上も上演しているものだと思う。ヌレエフは
名ダンサーではあっても、決して舞台全体を創造できるよう
な才能には恵まれていなかった。とにかく盛り込み過ぎるの
だ。

冒頭、下手手前に王子が椅子にもたれていて、舞台奥の紗幕
の後ろではオデットがロットバルトにかどわかされている。
ロットバルトと二役の家庭教師がジークフリートを起こす。
夢を舞台に導入することは珍しくもないかわりに非常に安易
な手法である。終幕、荒野にジークフリートが一人倒れたま
までの幕切れでは、序幕の夢の導入を解決できたとは言えな
いだろう。

次に、コールドの“無意味なまでの情報量の多さ”にあきれ
る。古今東西あまたのバレエ団で、あれだけの振付けを“き
っちりと”こなせる団体はオペラ座くらいだろう。体力的に
こなせるところはあるかも知れないが、あれだけの舞踏的動
作まで表現できる団体はないだろう。

だがしかし、1幕のワルツなどもダンスが進行するにつれて
似たようなマスゲーム的動きが繰り返し現れ……これは白鳥
のコールドでも同様……さすがに能がないと思わされた。

舞台演出で必要なのは、出したい情報をすべて舞台に乗せる
のではなく、どうみても冗長だと思えるような部分をうまく
整理して提示することであるが、ヌレエフはそれをせずに、
ほとんどすべてのせてしまったように見える。

ロットバルトと家庭教師が同一人物という設定なのかと思い
ながら舞台を観たが、そうではない。というわけで、あの設
定は無意味としか思えない。

時折、二役という設定の意味を図りかねる時がある。歌舞伎
のように“助六、実は曾我の五郎”というのではなく『四谷
怪談』の“お岩”と“佐藤与茂七”のように、替わりのおも
しろさとしての二役だったらともかく、今回のような二役は
ちょっと困ったのだ。

もう少し続く。

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