悼話§宿澤広朗さん(ラガーマン)

まだ55歳だった。ラグビーと会社の仕事(銀行員)を両立させ
た折り目正しさが随所に感じられた人である。

最初に見たのはおそらく70年代初頭の早稲田の小柄なスクラ
ムハーフとしてである。クレバーなという表現がぴったりし
っくりくる動きが際立っていた。彼から3歳下あたりに明治
の松尾がいたりして、けっこう賑やかな年代だった。

ジャパンのキャップが3つというのは、仕事のキャリアを優
先させた結果ではあるが、少し惜しいところがないでもない。

翻って考えるなら、おそらく彼がいたからラグビーに目を向
けたのだろう。ラグビーがどういうゲームであるか理解が浅
い時に登場した“宿澤広朗”という存在が、その後のラグビ
ー理解につながっていったのである。

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