来話§1986年ウィーン国立歌劇場(上)

どういう契約の経緯か、過去にウィーン国立歌劇場が数回行
なった引越し公演のうちで、これだけが梶本(&CBC?)の
招聘なのである。

民音と佐々木忠次による“共同招聘”は、1980年のウィーン、
81年のスカラを最後に関係が解消されたようで、それ以降は
佐々木のNBS独自招聘になっていった。そういった間隙で
生じた公演だったのだろうか。

この時の“売り物”は現地でプレミエしてほどなく持ってき
た『マノン・レスコー』で、フレーニがタイトルロールを歌
い、シノポリの日本デビューと話題も多かった。

公演日の前夜から時ならぬ春分の雪が降り、当日の東京は交
通麻痺に陥ってしまった。公演時間が迫るが鉄道が不通で、
いつ運行を再開するか目処が立たずだった。とりあえず最寄
の駅で電車が動き出すのを待ったが、開演1時間ほど前だっ
たかようやく動き出し、とにかくNHKホールに向かったの
だった。

何とかNHKホールに辿り着いた時には、既に公演は始まっ
て10分ほど経っていた。ともかく邪魔にならないよう静かに
客席に入って観た。

圧巻だったのはクライマックスで、マノンとデ・グリューの
道行に流れる音の奔流は、雪をついて必死で辿り着いた観客
の執念が乗り移ったようにも思えた。

【去年の今日】豆話§豆腐、厚揚げ、油揚げ

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