鍵話§内田光子・・・ピアニストの人生と音楽

内田光子のベートーヴェン後期ソナタ3曲を聴いてきた。彼
女のリサイタルには許される限り出かけることにしてる。

実演を聴くのはボストリッジとの『冬の旅』『美しき水車屋
の娘』共演以来になるが、伴奏とはいえシューベルトの音楽
と彼女のベートーヴェン表現の違いに驚かされた。

30番では、まだまだ彼女の心情と演奏の折合いがつかずに、
気持ち先行といった印象が強かったが31番、32番と進むと、
むしろ強い打鍵による表現が、彼女本来の細やかな色彩を押
しのけたような感がうかがえた。以前30番だけを聴いたこと
があり、その時と比べてもまったく別の表現になっていたよ
うに思う。

この日の客は、ほんの一部の“来るはずのない客”を除いて
2000人近くが緊張を途切らせることなく聴き入っていた。圧
巻は32番の音楽が終わった後で、内田が鍵盤から手を離して
膝の上に置いてもなお静けさが支配し、彼女が立ち上がりか
かったところで拍手が始まったのだった。アンコールはなか
ったが、それはこの夜のリサイタルでは不要なものであると
いうことをほとんどすべての観客が感じ取っていたようであ
った。

楽譜どおりに巧みにピアノを弾ける人間はいくらでもいるが
ピアノを弾いて音楽を、そして自分自身を語れる人間がどれ
ほどいるかと思うと、こういう貴重な瞬間に立ち会えたこと
は至上の喜びである。ただし疲れた。

【去年の今日】書話§書き込みした本を古書店に売るな!

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