語話§美しい日本の日本語

我がブログを一読していただければ、無用な外来語があまり
というかほとんど使われていないことに気がつくと思う。

普段でも会話をしている時でもカタカナ言葉を使うことが少
ない。どうしてそういう風になったのかはわからないのだが
たぶん自分自身でも理解できない言葉を口にしたり文字にし
たりしたくないのではないかということではなかろうか。

会話の中で、とにかくめったやたらとカタカナ言葉を発する
類の人間に出くわすことがあって、たまに何を言っているの
か理解できなくて困ったりしたことも実際にあったりする。

人が持つヴォキャブラリー……使ってしまった……は個々に
違っていて、他人が持っている語彙を推し量ることは難しい
ので、会話を成立させるためには、それなりに相手のことを
探りながら適当な言葉を使うことになるが、カタカナ言葉を
乱発するような人には、そういった気配りの回路が欠落して
いると思わせるようなものがある。

それは根拠のない“自信”とか“尊大さ”の表れのようなも
ので、時として自分自身にはねかえってこないとも限らない
のである。

翻って、カタカナ言葉が宙を舞った施政方針演説から鑑みる
に、あの人は日本というものの本来の姿とかをきちんと見つ
めたりしたことがなく、単なる政治の具としてのポーズから
だけで、美しい国と言い続けたりするのだろうと思うと、正
直なにがなし哀しい思いに囚われるのだ。

不必要に声高に“愛国心”を叫ぶ人間は信用しないことにし
ている。

★ひだまりのお話★

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