悼話§宇井純さん(研究者)

東京大学で助手として働いていた宇井純が『公害原論』という公開講
座を始めたのは1970年のことだという。

“公害”という単語がようやく世間に認知され始めた頃である。

宇井純の業績については、マスコミを通じての知識しかない。ただ、
科学者の立場で言うべきことが何かを理解し、それを実践に結びつけ
て行動していた人だった。

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