書話§『おくの細道』と『イタリア紀行』

松尾芭蕉が江戸を発って“みちのく”を巡る長旅に出たのは1689年、
ゲーテがワイマールの公務を投げ出し「我もまたアルカディアに!」
と嘯いてイタリアに出奔したのが1786年のことである。

百年の時と洋の東西の違いを鑑みても、この二つの紀行文はまったく
異なった旅文学のように思える。どちらも、というか『おくの細道』
のほうは繰り返して読んだが、ゲーテのほうはなかなか読み進むこと
ができないままでいる。今、上巻の最初から読み直しているのだが、
案の定難儀している。訳文が古くなっていることは仕方ないにしても
やはり、あの時代における事象であるとか人物名といった基礎知識が
不十分で、いちいち注釈の世話になる。それでも理解に到らない自分
がいる。

芭蕉の『おくの細道』は吟行であり、行く先々にいる弟子筋との交流
という目的もあったりする。芭蕉もゲーテも“旅による自己発見”が
第一義なのだろうが、芭蕉のほうはひとまず自己が形成されて以降の
旅だと考えられるが、年齢に極端な差はなさそうである。いずれにせ
よ“各々の事情”に迫られての旅であり、それをまた自分にフィード
バックさせ得る能力にも秀でているのだ。

芭蕉は“松島の月まず心に……”と書き、ゲーテは“欲望を果たすた
めには、途中の何物にもかまってなどおられない”と書いて、カール
スバートを発ってから、たった5日で400kmを走破しブレンナー峠
に立ったのだった。北ヨーロッパ人のイタリア待望の強さを思い知ら
される。

動機に違いはあるかも知れないが、彼らは旅することで自らを鼓舞し
直截に創作物に反映させていった。まだ見ぬ風景や太陽を求めて。

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