劇話§六月大歌舞伎『妹背山』とか藤間齋

みっちりと重かった前半3時間『妹背山婦女庭訓』である。観終わっ
た時は息も絶え絶えだった。

それにしても『吉野川』の舞台。中央を流れる吉野川を挟んで上手に
大判事の館、下手に定高の館。両花道、さらには上手下手の義太夫。
今の時代でも幕が開くと嘆声が洩れるのも無理はないと思う。江戸時
代の想像力の豊かさに今更ながら素朴に驚嘆するのである。

藤十郎の定高、大判事の幸四郎ともに熱演……幸四郎まで鼻を啜って
いた……だったが、相変わらず幸四郎の顎を引いて喉を詰めたような
発声は好きではない。ではあるがあの舞台の広がりの中を二人だけで
舞台を務めるのだから並みのことではない。

後半二本は打って変わって他愛のない演目で少しばかりほっとした。
吉右衛門の台本による『閻魔と政頼』は、狂言仕立ての肩の凝らない
軽い舞踊劇。“鷹”という言葉に反応する天王寺屋と袴後見の息子の
様子に客席が沸いていた。黒衣でなく、こういう形できちんと使って
やればいいのだ。

最後の『侠客春雨傘』こそ、筋はそっちのけ――『助六』のパロディ
ーのような――
で、染五郎の長男・藤間齋の初御目見得を楽しむだけ
のことであった。孫の手を引く爺さんの図は、大げさに言えば“芸の
伝承”の現場に居合わせることであるが、2歳の孫にそんな御大層な
名分など理解できるわけもなく、きょとんとした表情で花道を手を引
かれて歩き、舞台中央で意味不明の言葉――たぶん“がんばるぞ!”
――を発して、手を振り振り舞台上手に引っ込む、ただそれだけのこ
とである。そこに仁左衛門やら梅玉、大叔父の吉右衛門までが登場し
て寿ぐときたもんだ。

26年前、歌舞伎座の幕見で白鸚、幸四郎、染五郎三代の襲名口上を観
た。その時は感じなかったのだが、こうして白鸚にとっての曾孫が舞
台に立つのを見ると、歌舞伎の継承における時の流れを目の当たりに
したのだと実感するのである。

人生の後半になってようやく歌舞伎を観始めてたった数年。要するに
大成駒も先代の勘三郎も先代の松緑も、そういったあたりを誰一人と
して舞台姿を見ていないのである。だから人生の残り時間を考えても
片岡千之助が仁左衛門を、藤間齋が松本幸四郎の襲名を披露する……
かもな……瞬間に立ち会える可能性は残念ながらほとんどないといえ
るだろう。それがちょっとというかかなりくやしい気がしている。

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この記事へのコメント

しんころ
2007年06月30日 10:18
妹背山は私も見ました。4Fの真ん中の席で。3時間見て1100円。前日は夜の部1階の4列目の11番。でも初めての1100円が新鮮でした。妹背山、おっしゃるとおり、よかったけれど疲れます。ヨーロッパにおでかけですか?
2007年06月30日 22:59
そうそう、船弁慶での私の?をブログに書きました。染五郎の写真も貼りました。どうぞ

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