界話§中欧あたりの地図を眺めて

ヨーロッパの特に“中欧”と呼ばれる地域の地図を目の前にしても、
実は見ていなかったと、とんだ思い違いをすることになる。

我々のような世代にとって、まず“東欧”という存在があり、その語
感からかつて一連の社会主義国がすべてオーストリアよりも東に存在
するかのような考え違いをしていたのである。

そういう前提でもう一度その付近の地図を眺めてみると、チェコの首
都であるプラハなどはウィーンより100kmほども西の立地にあり、
そうであることがわかると、1968年にソ連の起こしたチェコ侵攻が、
いかに旧西側にとっても脅威であったのかが理解できるのである。

旧西ドイツから見てもプラハなど本当に眼と鼻の先なのだから。

そういった地勢がわからない人間にとっては、あくまでも東欧という
概念だけで位置まで東方にあると勝手に既定してしまって、対岸の火
事のような認識しか持たないのだろうと思ったのだ。

似たようなことの記憶として、ユーゴスラビアの難民を乗せた船が、
イタリアの港に横付けしようとしてのすったもんだがあったのも、そ
う遠い過去の話ではない。イタリアにとってのユーゴスラビアは、ア
ドリア海を挟んでほんの対岸の隣国だからなのである。

《ドイツのトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック