遊話§夏休みの思ひ出など

小学校の時は一学期の終業式の日に、1冊の“夏休みの友”なる宿題
帳が配られ、それを毎日消化するようになっていた。

そんな悠長なことはやってられない性質だったので、天気や気温とい
う毎日の課題はともかく、10日間ほどでさっさと片づけては学校のプ
ールにばかり通っていた。2年生の頃には曲がりなりにも泳ぎらしき
ものを覚えたので、それが楽しくてたまらなかったのだろう。最初は
浮いて手足をバタつかせるくらいだったが、徐々に平泳ぎから会得し
てクロール、背泳ぎまでは何とかなったが、バタフライはとうとう泳
げずのままになってしまった。

それからこの時期の地域の夏祭りの神輿担ぎも楽しみで、はちまきに
法被姿で走り回っていた。中学生になったら神輿は担がなくなったが
浴衣で盆踊りを踊るようになっていた。

扇風機程度しかない家からさっさと飛び出し、夕方まで自転車であち
こち遊び回っていたのである。それにしても今ほどの暑さでなかった
とはいえ、日がな一日炎天下の屋外で遊んでいられたのだから、驚嘆
すべき体力を当時は持っていたようなのだ。着ていたものといえば、
半ズボンにランニングシャツ、足にはゴム草履。昭和のガキである。

そして食っても食っても体内に吸収されていったのだった。今は……

【ひだまりのお話の原点】

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