哀話§……おかわいそう……不思議な逆バネ

テレビの街頭インタビューは、基本的に放送する側がどう報道する側
の都合で編集されているから、あれをもって“世論”であるなどとは
思っていない。

それでも見ていると日本人特有なのか“ある感性”が顕著に見えるよ
うで興味深い。その感性というのは、本来責めを問われるべき存在に
対して発せられる「おかわいそう」という言葉である。

近々としては、2人のA(日本人の首相とモンゴル人の横綱)に対して
この言葉が使われていた。

……本人の不徳による失敗であったり、為すべきことをしなかったり
明らかに本人にその責の源があるはずなのに、日本人の――おそらく
一部の
――感性をして“おかわいそう”と言わしめるのだろうが、よ
く観察していると、そういった答えをしている人達が、日頃そういっ
た事象をきちんと把握しているかというと、まずもってそんなことは
なく、単なる印象による物言いでしかないことが理解できる。

これをもって日本人の“幼稚性”であると唱えるのは乱暴なことだろ
うか。もう一つの仮定としては“かわいそう”と思うことで、自分は
断罪する立場にはないとアピールしつつ、加えて自分自身を物分かり
のいい善人化しようとする心理が働いたりするのではなかろうか。

そう考えると、日本人的感性というよりは個人的な逃避行動のように
思えてならない。……同情するほうが情のある人間に見える、という
免罪符。

【ひだまりのお話の原点】

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック