生話§人それぞれの愛国心(1500話目)

新聞のコラムを読んでいたら、先頃なくなった日本共産党のM氏につ
いて彼の長男が「日本を愛していた人だ」と葬儀の席で語ったのだと
いう。

“さすがに日の丸を使ってということはせずに、選挙のポスターには
富士山を使えと指示していた”だそうで、いつも思うのは国を愛する
内容は一人一人違っているということなのだ。

ニュースでフランスのデモなどを見ていると、右とか左とかに関係な
くどちらもトリコロールの国旗を振り回し“ラ・マルセイエーズ”を
高らかに歌っている。

そういうことに憧れているのであるが、法律で強制しようという不思
議な我が日本では、結局国家的国民的合意を成し遂げる力が存在せず
に感覚的には宙ぶらりん状態のままである。

ある恣意的な力で愛国心を喚起しようと不自然に突っ張るから、胡散
臭いものを感じてしまうわけで、自分達の過去なども嘘偽りすること
なく語ることさえ厭わなければ、黙っていても愛国心が醸成されてい
くはずのものではないだろうか。

権力に近い政治イデオロギーが絡んで愛国心の強制を目論もうとする
時、それが右であれ左であれ危険な兆候なのである。

★ヴォルテールの言葉★

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