隔話§ベルリンの壁崩壊の年生まれが成人に

国の内外を問わず1989年という年は様々な出来事があった。日本では
天皇が崩御し、元号が昭和から平成に変わっている。

手塚治虫、美空ひばり、カラヤンといった“昭和”を象徴する人達が
逝去している。日本のバブル経済が頂点に達し、崩壊へと傾きだした
のもこの年。

世界に眼を転じると東欧の社会主義のドミノ的崩壊という、この世紀
の中でも特筆ものの衝撃的な歴史的転換の一つが起こったのだった。
そして11月9日、東欧ドミノのきっかけとして“ベルリンの壁崩壊”
が起きたのが、まさにこの年のこの日なのである。

もうそれだけの時が経ってしまっているのだ。あの日――日本では、
日付が変わっていたはず――の様子は、テレビのニュースが刻々とリ
アルタイムで伝えていた。

旧東独の報道官が“西への旅行自由化”を発表した時は、それがどう
いう意味なのか、理解するのに時間がかかったが、検問所へと雪崩を
打ったように押し寄せる東独市民を見て“歴史”を目の当たりにして
いると実感したのだ。

もちろん、直前の夏に東独市民がハンガリーに移動する報道を見て、
ただならぬ事態が起きつつあるとは思っていたのだが、気がつけば東
欧全体が転換点を迎えていたのだった。

それから18年、ベルリンの壁が崩壊した年に生まれたドイツ人達が、
18歳となり、ドイツにおける成人年齢に達したのである。そのことを
考えると、歴史の大転換を目の当たりにし、記憶に留めている人間の
大半が、既に三十代になってしまったということなのだ。

リンクを貼らせていただいたページに、最近のブランデンブルク門前
に設えられたアートの写真がある。今日までの展示とのこと。

《ドイツのトピックス一覧》

この記事へのコメント

マサト
2007年11月10日 08:54
TBありがとうございました!
あの記者会見の模様は、深夜にも関わらず日本でもリアルタイムで伝わっていたんですね。私が始めてニュースで知ったのは「ニュースステーション」だったと記憶しているのですが、時間的におそらく10日でしょうね。
2007年11月10日 11:09
こんにちは。

シャボウスキの記者会見がリアルタ
イムだったかどうかは記憶にありま
せん。

壁が開いて事態が急速に動いている
という報道は日本の深夜(10日未明)
リアルで流れていたようだったと、
今になって思い返しています。

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  • 18年前の歓喜 - ボルンホルマー通りにて -

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