雅話§いかに我が日本を知らしめるか[上]

京都の老舗料亭の若い料理人が、フランスで日本料理のワークショッ
プを催したというテレビを見た。魚の捌き方や出汁の取り方といった
日本料理の実際を現地の料理人に提示したのである。

百年前のフランスにおけるジャポニズムが、美術や音楽を中心にした
ものからずいぶんと遅れて、料理のジャポニズムがようやく現実のも
のになりそうな気配がする。

とはいえ、実際に海外で見かける日本料理の不本意な変容には危機感
を覚えたりもする。いつもいつも思うことだが、日本人は“知らしめ
る”という努力を怠っているのではあるまいかということである。

フランス料理が、どうして数多ある料理の中でトップの位置に立った
のか。それは、ひとえに情報の発信を続けたということが小さからぬ
理由の一つではなかろうか。

21世紀になって、日本料理というものがより好意的に受け入れられる
時なら……日本人以外には、あの味を作り出すことも味わうこともで
きまい……なんていうあたりに落ち着きそうである。そして、そうこ
うしているうちに、世間には“にせジャポ”と呼ばれるような紛い日
本食が蔓延し、それをもって“日本食”だと認識するような状況が実
際に生まれつつあるような気がしてならない。

いつまでもいつまでも“フジヤマ ゲイシャ スキヤキ”とか言われて
謎の微笑を続けているような時代はとっくに終わっているのだ。
                            [続く]

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