会話§中学英語で十分なのです

曲りなりにもそれで通用していると思っている本人がそう言っている
のだから間違いない。

これは以前にも書いたことかも知れないが、中学で3年間みっちりと
英語を叩き込むのが吉である。十代前半の柔らかい脳髄に沁み込んだ
英語は、40年経ってもあまり劣化しないで残ってくれている。

自慢話になってしまうが、中学校3年間は本当にまじめに英語を勉強
した。単語から構文から文法から、何でもかんでも記憶力の餌食にな
って呑み込まれていったのだった。今は、辛うじてその利息で食い繋
いでいるに過ぎない。

思い起こしてもみよ。中学校3年間の英語は、時制であれ比較級のよ
うな構文、時制も現在完了から過去完了、さらに関係代名詞&関係副
詞はもちろん、受動態も仮定法まで含まれているのである。

これ以上いったい何が必要なのかと思うくらいではないか。要するに
後は“その気”であるか否かというだけのことで、切羽詰って必要が
生じれば、人間何とかなる。

……窮すれば通ず……なのだ

今でも、自分が話している英語を聞きながら“おひ! 前置詞が違っ
ているだろーが!”とかそんなことは枚挙に暇がない。それに口から
一度でも出てしまった言葉は戻しようがない。もちろん日頃からそん
なことのないように頭の中で反芻したりはしているのだが。

【ひだまりのお話の原点】

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