留話§なまじの記憶力のなれの果て

昔から、授業だの講義の時にノートを取ることが少なかった。少しば
かり記憶力がよかったものだから、メモを取るよりは適当に覚えてし
まったのである。

だからというか何というか、大学時代に消費した講義ノートとやらは
10冊もなかったんじゃあるまいか。それでも卒業しているのだから、
……詐欺である。

その結果、メモの取り方が下手糞というか取り方そのものがわからな
いのである。人によっては、見ていると実にマメにメモを取っていた
りして、その横で何をするとかでなくボーっと話を聞いているだけと
いう自分が、はなはだ間抜けで情けない存在に見えてきたりする。

それで、ボーっと聞いているだけで話の中身を覚えられるかというと
よほど重要な話題であるとかならともかくも、大抵の場合は半分以上
右の耳から左の耳――逆の場合もあり――へと通り抜けていく。結局
虻蜂獲らずの中途半端な状況になってしまってそれっきりである。

というわけで会議だとか打ち合わせだとか、ノートと筆記用具は持っ
ていっても宝の持ち腐れだったりする。ただし実際のところ、わざわ
ざメモを取ってまで記録しておくべきものなどそんなにあるわけでは
ないのだ。

【去年の今日】逍話§ベルリンを歩く(12)国立歌劇場[下]

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