弦話§クス・クァルテット~紀尾井~[Ⅱ]

[承前]

ところでこの日彼らの座った配置だが、左から第一、チェロ、ヴィオ
ラ、第二というもの。伝統的なオーケストラの対向配置という趣だが
これはまた、お互いの奏者同士が見渡しやすい配置であるようにも思
われたのだ。

最後のベートーヴェンは、録音で聴いた経験しかないのだが、実演
となるとまったく別物の音楽だと途方に暮れてしまった。明らかにエ
ンタテイメントなどという世界とは訣別したベートーヴェンが、自ら
の内部に引き籠りつつ心のままに綴った巨大な音塊を、なす術もなく
呆然と聴き届けるしかなかったのである。それは、常識的なメロディ
ーだとかハーモニーだといった範疇から逸脱して、凡人の理解力では
フォローしきれない世界が展開していたのである。

後期のピアノ・ソナタも同様な気がしないでもないが、人間ごときを
相手にする気などとっくに失せていて、彼自身の内面と対峙して対話
をしているのか、あるいはそれこそ“神”とでも対話しているのでは
ないかと思わせる。だから、時としてどころではなくて頻繁に道筋を
見失って途方に暮れることになるのだ。

ベートーヴェンの作品を前にしたクス・クァルテットは、彼らの特質
を如何なく発揮して、ベートーヴェンが物した厄介な代物を我々に提
示してくれたのだった。時に途方に暮れてしまったのは、ひとえに凡
庸なる感性のゆえでしかなかった。
                            [続く]

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