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zoom RSS 送話§タモリ(森田一義)の弔辞

<<   作成日時 : 2008/08/08 12:01   >>

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我がブログでは、人の言葉を丸投げで引用することはほとんどない。
だが、8月7日の赤塚不二夫の葬儀で語られたタモリの弔辞が本当に
見事だった。

なので以下、全文引用させていただきました。

**************************************************************

「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる
闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていた
のに、本当に残念です。我々の世代は、赤塚先生の作品に影響された
第一世代と言っていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、
その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。

 10代の終わりから、我々の青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過
ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の
小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然
私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えていま
す。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突
然の出来事で、重大なことに私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世
界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまで
は住む所がないから、 私のマンションにいろ』と、こう言いました。
自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を
この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それか
ら長い付き合いが始まりました。

 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては
深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなた
に教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこ
と、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学び
ました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私に金言として
心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをす
るときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れ
て、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったと
ころをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありまし
た。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされ
たことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともありま
す。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたこと
がありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せる
あの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。
あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬
儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、
出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きや
がった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたは
ギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに
肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい意味の世
界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて
その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事
に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。

 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されていま
す。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外での
あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思
うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り
火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらって
いるようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あ
ぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そし
て私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言って
いるに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかも
しれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だ
にしませんでした。

 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことが
ありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言
うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同
じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を
言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。あ
りがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌
平成20年8月7日、森田一義」

**************************************************************

なおタモリは、この弔辞を読む時に紙を広げたが、テレビの画面では
白紙のように見えたという話。弔辞の『勧進帳』である。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「これでいいのだ」の定義について言及する箇所で「重苦しい陰の世界から開放され…」とありますが、私は「意味の世界」では?と思いました。
ナンセンスギャグの大家ですから。
ちよっと探したところ四国新聞ではそう記載されています。
同感です、が。
2008/08/08 13:13
ご指摘をありがとうございます。

“陰”は誤字ということが確認でき
たので修正しました。
HIDAMARI
2008/08/08 13:46

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