街話§J街通信[46]すずらん通り

この界隈をうろうろしている人だったら一度や二度は聞いたことがあ
るだろう……

すずらん通りが中華街になるはずだった

……というお話である。

今でこそ中華料理関連の店は“揚子江菜館”と“スヰートポーヅ”く
らいしか見当たらなくなってしまったが、20年くらい前だと郵便局の
ある場所は中華料理屋――店名失念――だったし、それ以外にも2軒
くらいはあったはずで、気がついたら今の状態になっていたのだ。

神保町関係の書物をひもとくと、戦前あたりにはそういう話があった
ようで、だからもっと中華料理の店があったということなのかも知れ
ない。

しかし結局“神保町中華街”なるものの実現には至らなかったのだが
そのあたりの経緯はどのようなものだったのだろうか。


《神保町のトピックス一覧》

この記事へのコメント

2008年08月03日 10:02
藤森照信氏の「すずらん通りは昔は東京唯一の中華街だった」という指摘を,私は鹿島茂氏との対談「神保町よ,永遠なれ」で最初に読みました(参照:「神保町の昼食」2000年2月号(http://www.ne.jp/asahi/iizuka/toshiaki/lunch_m0002.html),同6月号参照)。
この対談は,今は『古書もスペインもミステリー 逢坂剛対談集』(玉川大学出版)に収録されているそうです。
2008年08月03日 10:22
“昔は・・・”ということは会社の
年寄りも話していましたね。

すずらん通りが、横浜中華街の横町
のような風景になっていたら……と
いうことを想像していました。
2008年08月04日 07:41
ひとつ間違えました。上記対談は単行本のタイトルでもおわかりのように,逢坂剛氏と鹿島茂氏の対談です。

この記事へのトラックバック