劇話§納涼大歌舞伎『愛陀姫』野田秀樹[Ⅱ]

[承前]

『アイーダ』のアリアの日本語訳を使って心理描写を濃厚に進めてい
った部分で、勘三郎が演じた濃姫の表現が卓越していたのは、経験の
差であろう。

その点で愛陀姫を演じた七之助は、ずいぶんと健闘はしていたものの
その差は歴然としていた。そういう意味では、織田信秀役の三津五郎
の性格描写なども印象に残っている。

祈祷師を演じた二人の成駒屋、特に歌右衛門“修行中”の福助は、こ
のところの重い役の数々から解放されてか、ガス抜きのし放題とでも
いうように弾けてしまっていたが、これはまあ……眼を瞑って……。

ということを踏まえて配役について考える。勘三郎の濃姫はそれが主
役である以上は勘三郎の役ということなのだろうが、何と言ったらい
いいかわからないのだが不満のようなものが残ってしまっている。

振り返ってみるに、二人の祈祷師の存在が『愛陀姫』全体の方向性を
司っている実に重要な役であるということに気がついてしまった。こ
の祈祷師のどちらかを勘三郎が演じていたらどうだったろうかと考え
るのである。

自分が仕掛けた祈祷師によって、最後には自分の運命までも定められ
てしまう……そんな皮肉な狂言回しの役を再演の折には勘三郎に演じ
てもらいたいと思った。それで、玉三郎が濃姫というのはどうだろう
か。本人もその気になる可能性がありそうなのだが……。

そして、野田の群集処理のうまさというかおもしろさである。初日が
開いたばかりでまだまだ群集がもっちゃりと固まっているように見え
てしまったが、日を重ねれば改善していくだろう。

オペラとして観ているだけでは気がつかなかった『アイーダ』の大事
な部分を、歌舞伎という別の鏡を通すことで我々に知らしめてくれた
のだった。
                            [続く]

付記:凱旋の場面での大きな動物は“斎藤象さん”なのだらうか……

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