怠話§どうにも“旅人だ”などとは言えず

このところ旅行をするのは年に一度、2週間足らずのものである。

見聞を広めるとか何だとか、そんな御大層な大義名分のようなものは
すっかり影を潜め、毎年毎年同じようなところに出かけて同じホテル
に泊まって、何をするとかでもなく数日間のんべんだらりと過ごして
“それではまた来年”と帰ってくるだけである。

もう少し若い頃、二十代の前半の頃はもう少し殊勝に、旅らしい旅を
していたような気がする。せいぜいボストンバッグ一個の荷物だけで
鉄道を乗り継いで目的地を目指す。それもせいぜい急行までしか利用
せず、腹が空いたら駅弁とビールを買ってガラガラの車内でのんびり
と喰らう。

それで目的地はというと、ちょっと辺鄙な温泉を探して歩くのだが、
二十代前半だけで、北は知床半島の奥“岩尾別温泉”だの、岩手の山
の中の“夏油温泉”――げとうと読むのだ――だのと、何だかんだで
一年間に10湯以上の温泉に――それも秘湯系ばかり――行っていた。
だから、最近の温泉よりは昔からの温泉には妙に詳しかったりする。

何のことはない、ぼーっと鉄道に乗っては山奥の温泉まで歩いていっ
て、それで温泉でぼーっとしていただけである。これでも旅行だとい
うのならそうかもしれないが、いかにも老人臭くて手抜きが見え見え
ではないか。

それで山奥の温泉宿でどうしているのかと問われれば、宿に着いたら
まず一風呂、上がったところでビールをもらって部屋でゴロゴロしな
がら文庫本の斜め読み。夕方涼しくなったところで夕食前の一風呂。
晩酌しながら夕飯を食ったところで、さっと一風呂。

毎度毎度烏の行水で5分も入っているわけではないが、そんな呑気な
若年寄を気取っていた時期もあったのである。

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