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zoom RSS 憬話§このたびの旅[36]トリスタン<V>

<<   作成日時 : 2008/10/22 12:02   >>

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[承前]

最悪の第三幕である。死の床にあるトリスタンを“見物”するような
人達の列。クルヴェナールは、哀れにもとうとう“壊れて”しまい、
からくり人形のようにベッドの周りをカタカタと執拗に歩くばかり。
だから、それこそこういう繰り返しがうざったくなるのだ。

この舞台では――おそらく――トリスタン以外全員が“盲(めしい)”
てしまうかのように思われた。短絡的ではあるが、このような人間関
係の欠落は、昨日までの指環とも形こそ違うがどこかで繋がっている
ような気がしないでもない。どうしてこうまでも人間関係を拒絶する
かのような、ちょっと救いようのない舞台を作ってしまうのだろう。

もっとも最悪な瞬間は、イゾルデがトリスタンの死を見つめる場面で
ある。彼女はポケットに手を突っ込んだまま“私、私よ”と傍観気味
に呟くだけで一片の悲しみすらもない。

そして『愛の死』を歌い終わったイゾルデは、トリスタンが横たわっ
ていた――彼はベッドの傍らで死んでいる――ベッドに入り込んで眠
り……幕、という結末である。マルケ王やブランゲーネといった人達
は壁に向かって頭をつけるようにして立ち尽くす。

・・・救済はどこにあるというのか?

ここまで他人事に徹し“愛”というものを正面にどころか、舞台上に
提示すらせずに、かくも安っぽく不毛な舞台を見せるものかと、祝祭
劇場の狭い座席に座りながら考え込んでしまった。ペーター・シュナ
イダーが醸し出すピットからの音楽が充実しているだけに、舞台上の
虚しさがより一層強調されてしまったような気もしたのだ。

ここまでの5演目の、ことごとくで歌手の存在の希薄さばかりが目立
った最大の原因が、楽劇の本質から眼を逸らせたがごとくの演出にあ
るような気がしてならないのである。
                            [続く]

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