悼話§筑紫哲也さん(ジャーナリスト)

きちんと物が言えるジャーナリストだった。

1978年から82年にかけて放送されていた『日曜夕刊! こちらデスク』
はおもしろかった。あの番組のキャスターをしていた頃が一番張り詰
めていたのではという記憶が残っている。

“23”にはあまり思い入れがない。あれは番組編成上の設えだった
のかも知れないのだが、テレビ画面一杯に何人ものキャスターが並ぶ
“23”には違和感を覚えてしまったのだ。どうしてアメリカabc
のような人的編成にならないのか、筑紫哲也のようなキャラクターで
あれば可能なことだろうにと、歯痒い印象も持ったのである。

TBSと狂信教団の間に生じたトラブルで……

TBSは死んだに等しい

という発言以降は、気のせいか急速に執着心が失われていってしまっ
たかのように見受けられたのは、単に気のせいだったのだろうか。

優秀なニュースキャスターという存在が陸続と登場してくるわけでは
なく、長いがゆえの“信頼感”があるのも事実だが、引き際もまた大
事なことだろうにと思ったのもまた正直なところなのである。

彼が死んですぐの週末のニュースショーで、例のごとく居並んだ著名
人の一人が、例の幕僚長の論文問題について“筑紫さんだったらどう
発言するだろうか”と、それは死を惜しんでの発言なのかもしれない
が、既に死人が発言することはなく、だから出演している人間が各々
自身きちんとしたコメントを出してこそニュースショーに出演してい
る出ている存在理由であろうと思ったのだった。

★ヴォルテールの言葉★

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