凄話§顔見世大歌舞伎『盟三五大切』

初めて観たのは2005年の6月のこと。案の定というか、他の狂言との
ストーリーを混同している部分があって、頭の中で整理をしながらの
観劇になってしまった。

それにしても南北の力技の台本はすごいなあというのが、二度目の鑑
賞でようやく理解できた。忠臣蔵+四谷怪談+五大力恋緘を一つ鍋に
ぶち込んで、できあがった話が人間の愛憎と“金の因果”なわけで、
いちいち“納得”しながら観たのであった。

2005年に吉右衛門が演じた源五兵衛は、今思い返すとなかなかに古風
な演技だったようで、南北が意図した通りの役作りだったと想像でき
るが、今回の仁左衛門は南北らしい古風さというよりはまったく別な
凄味ある源五兵衛だったと感じた。

何というか“物言わぬリアルさ”とでも言えるような、凄味のある静
けさが劇場空間を支配したのだ。そういう空気に比べれば“肝腎な台
詞をカットした”ということで芝居の意味が失われたとか云々するこ
となど些細なことだとしか思われない。

文楽では散々御託を並べてた揚句に殺しに及んだ斧定九郎が、歌舞伎
の舞台ではたったの一言……

・・・五十両

だけで納得することが可能なのである。仁左衛門がそうしたことで、
新しい源五兵衛の解釈であると見做すことも可能なのではなかろうか
と想像するのである。それに何より源五兵衛が小万を殺し、首を刎ね
ての花道で、客席のコトリともしない時間の長さがすべてを物語って
いたではないか。役者が役の性根を掴んでさえいれば、芝居に説得力
が生まれるものである。仁左衛門のそれは、まさに……

役者力

【去年の今日】人話§歌舞伎役者伝[1]~片岡亀蔵~

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