文話§それにしてもの週末始末

先週の土日は、何とまあ極端なお出かけをしたものだと思う。

土曜日は“マンハッタン・トランスファー”で、日曜日が一月場所の
千秋楽ときたもんだ。おまけに同居人などは金曜日にクラシック音楽
絡みがあったりもしていた。そんな異なりに異なる事象であっても、
受容して楽しめちゃうというのだから、長生きはするものである。

もちろん、単純に我が身に取り込んで楽しんでいるという次元で、こ
れを突き詰めていってしまうと、洋の東西の差異であるとかをまじめ
に考え悩みそうになってしまう。だがしかし幸か不幸か、そこまで奥
深く考えをめぐらす性質でもないし、そこまで賢い思索ができるわけ
でもないので、そこそこの程度で気楽な受容をしているということな
のだ。

その程度の中身でなければ能天気に楽しめるはずなどないではないか
とは一種の居直りと言えなくもないが、事実だから仕方がない。

こういうことにもメリットがあって、去年のような長期間の旅行の時
にアメリカ人との会話の接ぎ穂としてジャズの話題が出てきたりして
も、まあそれなりに話を繋いで行けちゃったりするから満更でもない
のである。

要するに“広く浅く”をそのまま実践していて、時にはそれが役立つ
こともあるという、人間万事塞翁が馬……って、ちょっと違うか。

【去年の今日】支話§チェロやファゴットは聞こえるのだ

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