飢話§食生活~単線型と混在型~

先週の“主食話”の続きのようなものだが、要するに人間は……

いかにして満腹になるか・・・

という生きるうえでの最大の命題の一つを解決する方法を、それぞれ
思い思いに考えた結果が現在の食形態になっているということなので
ある。

中世のヨーロッパでは、一般人が肉を食べるということなど稀であっ
たということは知識として知っていることだが、じゃあ何を食べてい
たのかといえば、穀物やら野菜やらを煮込んだスープというかお粥と
いうか雑炊らしきものを――おそらくは――主に食べていたわけで、
それでいかに肉が“ごちそう”であったかということが想像される。

北ヨーロッパの人間が太陽を渇望するのと肉をガシガシ喰らうのとは
どこかに“怨みつらみ”のようなものがあって、だから親の仇のよう
に肉を――肉だけを――食べたりするのではなかろうか。

比べるに一般的な日本の食生活は、もう少しだけヴァリエーションに
富んでいるような気はしている。要するにご飯を食べるという目的に
対して供される“おかず”というものの存在なのである。そりゃあ、
懐石料理とか料亭のおまかせ料理のように、おかずばかり一品一品が
次々に運ばれて、最後になってやっとご飯にお漬物という形態もある
が、もちろん一般家庭ではテーブルにその時の料理が並ぶというのが
常態である。

そして念のためだが、この手の比較は、あくまでも現代の食生活に限
ってというカッコつきの話ではある。それに書きながら考えたことだ
がずいぶんと大雑把な比較論で、比較にすらなっていないような気も
している。

【去年の今日】季話§暖かい~一気に春めく~

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