走話§心地よいテンポなるもの・・・

たぶんクラシック聴きとしては、常識的な捉え方をしているだろうと
思うのだが、特にテンポに関してはオーソドックスでまっとうなテン
ポ設定を――次第に――好むようになってきたようである。

加齢になる要素も大きいかなとは思うが、古楽器演奏に走っていた頃
であっても、例えばカラヤン&ベルリンフィルが演奏したハイドンの
後期交響曲などのテンポに安心したりしていた。

ただし、そのあたりの演奏より速いのはいいのだが、遅いのは困る。
もちろん個人的に、個々の音楽に固有だと感じているテンポから著し
く逸脱されたりすると、拒否反応を起こすことになる。要するに遅く
ても速くても、自分の許容でないものは“ダメ!”なのだ。

だから、1970年代の後半にようやく来日して指揮をした某幻の指揮者
の実演を聴いた時には“うへっ”となってしまった。初来日時ともう
1回聴いているはずだが記憶の彼方である。それもこれも、彼が設定
した異様なテンポについていけなかったことが大きい。

今思い出しても“あれはないだろう”で、たとえ速いテンポでは聴き
取れない細部が、遅いテンポですべて浮彫りになったとしても、それ
を愛でることはできなかったのである。これはもう彼との相性が悪か
ったと諦めている。

先週だったかのFMでカラヤン&ベルリンフィルが演奏したシューベ
ルトの“悲劇的”交響曲を聴いたが、そういう自分の嗜好からしても
音楽の流れに齟齬のようなものが一切なく、すべてこれ安定した心地
よく納得できるテンポだったのだ。

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