顕話§ミュンヘン一週間[21]帰国する

[承前]

搭乗ゲートの待合室から自分達が乗るジャンボを眺めていたら、二人
とも“今度はいつ来れるのだろう”と考えていたのだった。時間も費
用も打ち出の小槌を振れば出てくるという簡単なものではなかった。
だから旅の終わりは何がなしの寂しさを感じたりしている。ここ数回
とかは帰りの飛行機が待ちどおしかったりするのとはずいぶん違う。

ジャンボの入口で搭乗券を提示したら“2階です”と指示された。普
通はビジネスかファーストに使われるものだろうと思ったが、エコノ
ミー仕様もあるのだ――これは以前にも書いている――。

通路を挟んで両側に3席ずつ。広くはないが、1階エコノミー席より
ははるかに落ち着けた。気のせいか騒音も少ないのではと感じた。

男性チーフパーサーがベテランだったようで、手慣れた機内放送には
冗談もたっぷり。・・・ジャンボの馬力は鉄腕アトムの何人分だとか
何とか・・・日本に向かって夜になりますので、ゆっくりお休みくだ
さい。お酒の好きな方、例えばウィスキーをシングルなどと言わず、
ダブル、トリプルとお楽しみください……てな具合だったのである。

そんなおかげもあってか、トランジットしたシェレメチェヴォを離陸
してから成田までの数時間は、本当に珍しくたっぷりと睡眠をとるこ
とができた。それで目が覚めれば日本の上空だったわけで。それほど
酒を呑んだとも思えなかったのだが、いずれにしても精神衛生にはよ
ろしかった。

この頃もまだJRは開通しておらず、成田空港からはエアポートリム
ジンで新宿まで戻り、私鉄に乗り換えて昼過ぎには無事に帰宅した。

これで同居人との2度目の旅行が終わった。再び海外へと羽ばたくの
は4年後の1991年、いよいよ初めてのバイロイト詣なのである。
                            [続く]

《海外旅行のトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック