憶話§音楽の母は俺だ!

小学校では高学年になってから音楽室での授業が始まった。そこには
壁にびっしりとクラシックの作曲家の肖像が貼られていたのだ。それ
は中学でも同様。

たいていはバッハとヘンデルに始まり、チャイコフスキーとかドビュ
ッシーあたりでおしまい。ヴィヴァルディなどはいなかったし、リヒ
ャルト・シュトラウスやラヴェル、ストラヴィンスキーもいなかった
という記憶。

考えたことといえば、それはほとんどの人が考えたことと同じで、バ
ッハからモーツァルトあたりの鬘を不思議に眺めていたわけである。
それに加えて、トンデモなキャッチフレーズを読まされてもいた……

音楽の母ヘンデル

……音楽の父がバッハで母がヘンデル・・・ヘンデルは女性やったん
か(いきなり関西弁)! もっともあの鬘では、ヘンデルが女性なのか
どうかすらわかっていなかったというのが小学生の時の記憶である。
それにしても、いったい誰がヘンデルを音楽の母だと言い出したか?

中学の音楽室には肖像画に加えて、今見たら噴飯物と思われるような
実に単純なヨーロッパ音楽史年表も貼られていた。その頃には少しづ
つクラシックへの興味が増していたが、肖像画の作曲家達の作品を聴
く機会はほとんどなかった。1960年代後半になっても、我が家にはレ
コードプレイヤーもFM受信機もなかったのだ。

そんな音楽史年表を眺めながら、20世紀に入ったあたりの一人の作曲
家の作品タイトルに興味を持った。それはシェーンベルク作曲の……

グレの歌

である。もちろん興味を持っただけで、それ以上どうしようもなかっ
たし、その後十二音技法の作曲家であるということを知っても、音楽
そのものを聴く機会などなかった。結局、最初にして最後になるだろ
う『グレの歌』の実演を聴いたのは、20世紀を過ぎてしまった2001年
になってのことであった。

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