拜話§バイロイト初詣[20]神々の黄昏

[承前]

1987年に初めて通しで『ニーベルングの指環』を観て以来、この時が
2度目である。だから、まだまだ体験したことが自分の中で十全に消
化されたわけではない。あくまでも感覚的な体験でしかないことは、
自分でよくわかっているつもりである。

それでバイロイトの『神々の黄昏』だが、前三作と比べるとやや舞台
装置の設えが常套的とでもいえるだろうか。上手下手の袖奥まで摩天
楼の壁が聳えていたり、紳士淑女がシャンパン片手で世界の終末のテ
レビ画面を眺めていたりと、ある種の俗っぽさが際立っていたような
印象ではあった。

それでも“これは!”と唸らせられた場面がいくつかあった。一つは
ハーゲンが死んだジークフリートの指から指環を抜き取ろうとする場
面。死んだはずのジークフリートの腕が上がって指環を取らせまいと
するのを、クプファーは“死んだジークフリートが動くはずはない”
とばかり、ブリュンヒルデにジークフリートの腕を取って挙げさせた
のだった。

それに先立つ『ジークフリートの葬送』の場面で、舞台中央に大きな
穴が開き、一方の端に佇むブリュンヒルデと対峙する人物がいたので
ある……

ヴォータン

……そんな時点でヴォータンはワルハラに引きこもったままだろうに
という野暮な詮索はともかくも、四部作の最後を引き締めていくのに
似つかわしい忘れがたく印象的な光景だった。

音楽が終わり、カンテラを持った男の子と女の子が“道”に迷って歩
くうちに、アルベリヒの出会ったところで大団円となる。……様々な
思いが巡って自分の中の思考のタンクが溢れそうになる……、そんな
ある意味では幸福な体験ができた四部作ということなのである。
                            [続く]

憬話§我々の“バイロイト音楽祭”2008.08

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