書話§『ハイスクール1968年』

我々の2学年上である比較文学者の四方田犬彦が書いた『ハイスクー
ル1968年』
を読んだ。これまた同居人の推薦図書。

いささか乱暴な読後感としては“シリアス”な『どくとるマンボウ青
春記』という印象を持った。ユーモア満載で書かれていても、時代的
な挫折を一身に受けたような気持ちになって書かれていても、どちら
も多感な年齢の“鬱勃”としたニヒルさのようなものが同じように描
かれているような気がした。

ただし“ハイスクール”のほうは、自分とも時代がオーバーラップす
るものだから、より切実に読んでしまったのだが。

驚いたは、国立大学の付属中学から高校に進んでいった彼らの早熟な
ことである。比べるのも愚かなことだが、東京から100km圏内とは
いえ田舎の半端な進学校に入学した我が身の未熟さがしみじみと思い
知らされる。他の同級生がどうだったかはわからないが、少なくとも
自分自身の中身が、明らかな知識不足だったということである。

何というか、学校での勉学にあまり欲を持つこともなく、のんびりと
した空気の中でカリキュラムの流れに身を任せていたのだった。それ
こそ先へ先へと、どんどん進んで行っちゃうというだけでもびっくり
するのだ。

そんなことの片鱗を見たのは、東京に出てきて予備校生活を始めてす
ぐのことだった。何人かの東京在住の人間を観察していて、彼らの早
熟なことに気がついたのである。

ちなみに『ハイスクール1968年』の評判だが、四方田の同級生の
間では“極めて”悪い。要するに本人だけが“いいかっこ”して悩ん
でいるだけだというのだ。まあ、この手の本は“身内”だった人間に
してみればいらんことをという思いがすくなからずあるのだろう。

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