愉話§バイエルン放送交響楽団<中>

[承前]

ブラームスの交響曲の中で、一番実演を聴いているのは2番である。
1986年のクライバー&バイエルン国立歌劇場管弦楽団に始まり、10年
前にはフィルハーモニーでハイティンク&ベルリンフィルの重厚な演
奏を聴いている。各楽章の楽想の調和が取れているという風に感じて
いる。それでこの交響曲が好きなのかもしれない。

今回バイエルンのプログラムではメインをチャイコフスキーに譲って
いるので気楽に“流す”かと思っていたら、それが大間違い。聴いた
位置がP席でもコントラバス寄りだったので低音のバランスが強くな
り、そればかりかオーケストラ全体としてもパワーを全開にしてきた
のである。

それでも音塊がホール内で飽和してということもなく、耳にうるさく
ない音質であることに感心した。金管が強奏してもヴァイオリンのメ
ロディーがきちんと耳に届くのだから、バランス感も申し分ない。ヤ
ンソンスの指揮もテンポをいじることがないのでオケの推進力を存分
に楽しむことができるのだ

特に終楽章は、言ってみれば“好みのテンポとアーティキュレーショ
ン”で演奏されたから心の中で“そうだそうだそのまま突っ走れ!”
と叫びながら、指揮者、オーケストラ、そしてブラームスの音楽と一
体になって燃え尽きたような気になってしまった。フィナーレになだ
れ込む直前のパウゼも、あまり長く取ることなく一気呵成に終わらせ
てしまったのには“ご免、勘弁、参りました”であった。このところ
歌舞伎通いにうつつを抜かしているものだから、ブラームスの音楽が
ことのほか体中に沁み込んできて、いたく反省させられるのだ……

ごめんよヨハネス!

……などと、そういうのが一曲目ってのは“いくない”ではないか?
というところで後半のチャイコフスキーに続くのである。

付記:実演でも録音でも気になるのが、第4楽章冒頭のトランペット
の一吹き。常にきちんと音が当たったというためしがないのである。
それに音が引っ繰り返りでもしたら、あれは相当に応えるのだ。だか
ら、いっそのこと弦だけで演奏したらなどと不埒なことを考えたりも
するのであるが……どなたかお諌めを。

                            [続く]

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この記事へのコメント

Wulf
2010年05月13日 14:41
はじまして。

確かにこの時の4楽章冒頭も外してましたね(笑)


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