揺話§気分が左右すること

同じように文章を綴っているようでも、ちょっとの気分の変化で文章
が変わってしまうようだ。

……ようだと書いたのは、自分では気がつかないということである。
どうして気がつくかというと、ブログへのアクセスの数字が正直に答
えてくれているのだ。それで本人が気がつくという仕組み。たぶん、
気もそぞろで書いていたりするのだろう。

それで“ああ、これを書いた時はこういうことがあった”のだと思い
出したりする。あるいはと思うのは、どうも文章に気がのっていなか
ったりというのは文章を読まなくともわかるのである。

もっとも、本人はその気十分で書いたこの文章であるが、あまりにも
郷土色を帯びすぎていたせいか、アクセスの伸びが鈍かったりした。

一定の気分で書けるのであればそれに越したことはないが、日々人間
の心のありようは不安定であるということなのだ。一応……というか
比較的、気分を一定に保ってということができているであるだろうと
個人的には思っているのであるが、そういう人間であってすらという
ことのようなのだ。まあ、人間……所詮はその程度でしかない。

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