果話§今この瞬間にも自らの命を・・・

年間3万人を超える自殺者など、これはもう個人的なことではない。
国が何らかの対策を講じていくという次元は、とっくにきてしまって
いるのだ。

ずいぶん前の話だが、その中に自分の知り合いが2人も入っている。
既にしてこれだけの人数である。日本人であるならば、ちょっとした
知り合いの一人くらいは自殺しているかもという御時勢である。

自殺した2人の知り合いは、一人は人間関係で、もう一人は生活上の
問題で自らの命を絶ってしまった。

それぞれの死を知らされた瞬間“ああ、気まぐれに電話の一本でもし
ておけば……”のようなことが思い浮かび、そうしなかったことを後
悔した。知り合いと呼ばれる人間の自殺の報に接して、おそらくは、
大多数の人が同じようなことを考えたかもしれない。だが仮に誰かが
そうしたとして、とても抑止力になり得たとは思えないのである。

生きている人間が己の無力を痛感する……それはこの世に残された側
が等しく感じる悔悟といえるのだろうが、自殺をした人間にしてみれ
ば、そんな周囲の気持ちなどを斟酌する余裕などありはしなかっただ
ろうと思うのだ。

人が“自殺する”あるいは“自殺したくなる”気持ちというのは、明
らかに軽くはない鬱病をわずらっているような人に対しては見出すこ
とが難しくはなかったりするのだが、問題は社会的状況によっての自
殺なのである。

“自らを消してしまう”という、そのほうが楽だという感情を我々は
どのように汲み取っていったらいいのだろうか。効果的な妙案などは
思いつかず、日々いたずらに歯噛みするばかりなのだ。

【去年の今日】訣話§力士“A”・・・さようなら

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