板話§御名残三月大歌舞伎第三部

[承前]

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十三代目片岡仁左衛門十七回忌と十四代目守田勘弥三十七回忌追善と
いうことに絡めての『道明寺』ということのようである。ではあるが
2時間に及び、義太夫の床も4回転という長いものを追善とはいえ、
わざわざこれを持ってくるものかなあというのが率直な感想。我々は
二部から引き続き観てしまったので、すっかり疲れて『石橋』はパス
して早々に帰宅。

長い長い『道明寺』に加えて舞踊一本で追い出されては、せっかくの
御名残だからと初めて歌舞伎座に足を運んだようなお客さんは途方に
暮れるしかないだろう。

それこそ“これが歌舞伎とやらなら、これから先に観ることはない”
と思ってもおかしくはないくらい。

という文句を書きつつ、それでも二度目にしてようやく『道明寺』の
筋立てを把握することができた……気がした。

仁左衛門演じる菅丞相の凛とした気品が、舞台全体をを支配していた
ように思った。ではあるが、筋としての起伏が乏しいことは否めず。
玉三郎の覚寿も、もう少し老けが進んでいればなあとも思ったのだ。
そうではあれども、舞台が充実していたのは紛れもない事実である。

という感想とは別に、いくら『筆法伝授』や『道明寺』が起伏に乏し
いからといって『菅原伝授』で出る狂言が『車引』や『寺子屋』ばか
りではいけないのだと思う。興行ということとは別に、未来に繋げて
いくという意味でもこうした狂言は上演されるべきだし、3年に一度
といった間隔で通し狂言を出すというのも、啓蒙するという観点から
も担保されるべきものだろう。

正直に言えば『仮名手本』や『千本桜』ほどにはとっつき易いわけで
はないので、通しに出かけるのは“気が重い”類なのだが、観る側が
怖気づいてどうするかとも思うのである。

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