懐話§昭和三十年代~映画館~

[承前]

昭和30年代の前半、人口10万ちょっとという我が生まれ故郷の街には
映画館が8軒あったのだ。

かつて“五社”と呼ばれた東宝、東映、日活、松竹、大映が各1館、
さらに洋画が3館で上映されていた。洋画のうちの1軒は早々と閉館
してしまったのと、大映系の映画館がストリップ劇場になった以外、
残る6館は40年前まではしぶとく生き残っていた。

そんな我が街の映画館も、実家を出てほどなく一軒、また一軒と商売
をやめていったのである。

映画が娯楽の大きな一部であった頃――小学生の時だが――家からは
歩いて2、3分のところにあった3軒のうち、通ったのはもっぱら東
宝系の映画館で、お目当ては円谷英二監督の怪獣SF映画。ただし、
東京で封切された映画が田舎町にやってくるには半年とかそれ以上の
待ち時間があった。

観に行くのは土曜日の午後で、小遣いとは別に親が入場料をくれた。
それとは別に自分の小遣いで買っていたのは、名糖のホームランアイ
ス。角形のスティック・ラクトアイスだが、お楽しみはスティックに
ホームランという焼印があると当たりで、もう一本もらえたのだ。

などという楽しみは小学生の時代で終了……。中学に入ると興味が洋
画のほうに移動したが、観に行くのは年に3本か4本くらいなもので
しかなかった。
                            [続く]

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