懐話§昭和三十年代~運動会~

[承前]

小学校の運動会は、昔も今も家族揃ってということだが、さらに昭和
三十年代に遡ると、地域ぐるみの一大イベントであったと記憶してい
る。

30年代半ばで小学校に入学した時、我々1年生と2年生が5クラス、
3年から上は6クラスとかそれ以上あったかもで、団塊最後の大規模
学校だったといえる。

戦後作られた校歌の一節に“よい子 二千の なかよしが~”とあって
児童数が2000人だったことを表していた。我々が入学してまもなく、
実勢にそぐわなくなってその部分の歌詞が変更になったりした。

本題に戻って運動会だが、街中にあった学校に校庭には、まあとにか
く人が集まってきた。児童と教師で1000人以上、それに父兄+αして
ざっと2000人~3000人が集合していたのではなかろうか。それをあて
こんでの焼きソバとかお好み焼きといった屋台まで出ていたと記憶し
ているが、どういう流れで校庭の営業許可が出たのだろうと。

とにかく1000人以上の児童が、それぞれ徒競走から学年ごとの対抗戦
にフル出場したわけだから、朝から夕方近くまでみっちりとプログラ
ムが詰まっていたのである。

そんな運動会だが、5年生の時に肺炎のなりかけで一週間休んでしま
った直後に催されたので大事をとって不参加になってしまった。なの
で騎馬戦を体験していなかったりするのだ。

と書きながら、直近の小学校が来週末に運動会を催すという案内が届
いた。秋ではなく5月末というのは珍しいのではないかと思うが、児
童数150人足らずの運動会は父兄などが参加しても、昼食後にちょ
っとあるくらいで14時頃にはお開きになってしまう。
                            [続く]

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