懐話§昭和三十年代~給食~

[承前]

学校つながりということで給食について書く。

我が暮らした自治体は、ギャンブルのあがりの恩恵で小学校から中学
まで完全給食が実施されていたのだ。ただし、小学校低学年の何年か
は自校で調理されていたが、それ以降は給食センターで一括調理した
料理を配送していたのだ。

自校で調理していた時代、パンの付け合わせに大きなボウルに入った
カスタードクリームがあったというのは今でも不思議。

そんな給食だが、偏食であったから苦痛といえば苦痛だった。パンは
ともかくも食べられないおかずが出ること頻繁で、どうやって切り抜
けていたのかと思うくらいである。

とにかくだめだったのが、和風であれ洋風であれ中華風であれ、野菜
がゴロゴロした類のもの。それがさらに餡かけ風にパワーアップして
いたりだと完全にアウトであった。

その代わりにというか、おかずを補うべくパンはしっかり食べたし、
あの脱脂粉乳もまずいのには眼をつぶって2杯、3杯と飲んでいた。
幸いなことに、中学になったところで牛乳と脱脂粉乳のハーフ&ハー
フが牛乳瓶で配られるようになった。

それでも飲めない何人かと特約して一日に3本くらい飲んでいた記憶
がある。その時摂取したカルシウム分が、今につながる素地を形成し
てくれたのかもしれない。

最後に付け加えると、我々の時はまだ先割れスプーンではなかった。
                            [続く]

【去年の今日】味話§脱脂粉乳ジェネレーション

この記事へのコメント

mojo
2010年05月19日 22:34
僕のところも小学3年か4年生ぐらいから給食センターに切り替わった口です。その時期が、脱脂粉乳→牛乳への切り替わりと重なったかも。

さらに同じく超偏食だったので、給食は最後まで地獄でしたねえ。

ただ、先割れスプーンはありましたよw←ここだけ勝ち
HIDAMARI
2010年05月19日 22:39
予算の関係でしょうが100%生乳でなかったというのが不満といえば不満かな。でもまあ、この時期にひたすらカルシウムを摂取できたのが後の我が身を支えてくれているのかと。

>ただ、先割れスプーンはありましたよw

ふーんだ、偉くなんかないんだよ~

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