責話§ガイド登山と自己責任

北海道トムラウシの登山ガイドツアーの大量遭難から一年が経った。

先日、NHKでこの事故についての番組が放送されていたのを見たが
ガイドのずさんさと同時に、参加者の側に対しても、どれだけ自分自
身の体力、経験、知識を承知したうえでの登山であるのかということ
が語られていたように思う。

見ている限り、自分の体力以前に中高年登山者の多くに“百名山あり
き”のような雰囲気が横溢しているように感じたのだ。

幸運にもトムラウシで生存救出された女性のインタビューもあったが
彼女の話を聞いた限りでは、ただ単にガイドの後ろからついて歩くと
いう、それだけの意識でしかなかったように感じられた。それは、海
外旅行でヨーロッパの街角を、ガイドの後ろからトコトコとついてい
くのと大同小異の意識ではなかろうか。

まさか山に行くのに磁石も地図も携行してないということはあるまい
なと思うが、それすらも覚束ないような気がしてならない。ただ単に
百名山に登ったということにどれほどの意味があるのかと思うのだ。
それこそ本末転倒というものだろう。

以上、30年以上前にヘタレてしまった山登り愛好家の一言であった。

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