祈話§日航機墜落から25年(1985.8.12)

1985年8月12日夕刻、羽田発大阪行きのJAL123便が、群馬県上
野村の御巣鷹山中に墜落した。飛行機がレーダーから消えて発見され
るまでの刻々とした状況は今でも記憶に生々しい。

飛行機が墜落するのは残念ながらなくなるわけではない。自分の乗っ
た飛行機が……という思いを抱えながら、夥しい人々が空路で移動を
しているのだ。そういう中の一人に自分もいたりするわけで……。

確かに確率の世界の話では交通事故などよりもはるかに低い可能性で
しかなく、そのことは重々承知のうえで、ひとたび事故が起きれば、
三けたに及ぶ人達の命が一瞬のうちに消え去るのである。

文明は、24時間もあれば地球上の一番遠い場所へと我々を連れて行っ
てくれるようになったが、その代償と言うにはあまりにも巨大で悲惨
な危険が隣合わさっているようではないか。

そんな危険な文明などは不要であるという考えもあるとは思うのだが
文明というものを悪者扱いするという発想は後ろ向きでしかなく、リ
スクを極少化していくという発想で事にあたらねばならない。

世界最大の飛行機事故から25年、年老いて山に登ることを断念した遺
族も増えてきた。事故の年に生まれた人間は既に仕事を始めていて、
働き盛りの人間は定年となる……25年とはそういう歳月なのである。

【去年の今日】拜話§バイロイト初詣[36]休暇の終わり

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