懐話§昭和三十年代~水遊び~

[承前]

既にして斜陽に歯止めのかからない公営ギャンブルであるが、その昔
の華やかなりし頃は、しこたま稼いだ寺銭のおかげで潤ったところも
あったのだ。

代表的なのが教育関連の施設。ギャンブル場のあった隣の自治体では
小学校と中学校の全教室にテレビが置かれていたという。隣よりは規
模の大きかった我が街ではそこまでの設備はなかったが、それでもす
べての小学校に25mプールがあった。それも昭和三十年代の前半には
なのである。それがギャンブルの御利益で造られたのかどうかまでは
わからない。

そんなおかげで、前にも書いたことだが川での水遊びは神経質なくら
いに注意が喚起されていた。夏休み前になると自治体のほうから川で
の水遊びや水泳に関する注意書きが毎年のように配られるのである。

というわけで泳ぐのはもっぱらプールばかりだったが、6学年を3つ
に分けて、それぞれ1時間半で交代するというローテーションを組ん
でいた。それでも芋の子を洗うが如くだったのだが。

だから今でも川とか海とか、流水で泳ぐというのは得意ではなく、わ
ざわざ海まで泳ぎに行くなどとこれまでに5回もなかったりする。
                            [続く]

《昭和のトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック